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東京高等裁判所 昭和42年(ネ)1981号 判決 1969年9月26日

控訴人 八日市場市長谷区

被控訴人 江波戸義助

主文

原判決を取消す。

本件を千葉地方裁判所に差戻す。

事実

控訴代理人は、「(一)原判決を取消す。(二)被控訴人は控訴人に対し、別紙目録<省略>記載の物件を引渡せ。(三)訴訟総費用は被控訴人の負担とする。」との判決と右(二)、(三)につき仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は、「本件控訴を棄却する。」との判決を求めた。

控訴代理人は、請求の原因として、

「控訴人は、千葉県八日市場市長谷地区の住民を以て構成され、右住民のための共同事業等を営むことを目的とし、通称を長谷区という権利能力なき社団であるが、被控訴人は、控訴人所有の別紙目録記載の物件等を現に占有しているので、これが引渡を求める。」

と述べ、控訴人の代表資格に関し、

「控訴人はその代表者を区長と称するが、訴外宇野重二郎は現在区長である。すなわち、

(一)  昭和三六年七月一日長谷地区の世帯主の大会(これを区民大会という)が開催され、右大会で、当時区長であつた被控訴人を解任し訴外宇野沢由之を区長に選任すること、及び、区長は任期を二年とし、区民大会において選任すること等を骨子とする長谷区区会規約を制定することが議決された。

そうして、右宇野重二郎は、右規約の定めるところにより昭和三八年七月一日開催された区民大会において区長に選任されて以来、所定の二年の任期を終るごとに、右規約に従い再任されて今日に至つている。

なお、従前の区長の選任方法が被控訴人主張のとおりであつたとしても、控訴人のような権利能力なき社団においては、右方法は構成員の意思により自主的に決することができるものであるから、右の各区長の選任はいずれも有効である。

(二)  昭和三六年七月一日開催の区民大会における前示区長の解任・選任及び規約の制定の件が、予め通知された目的たる事項のなかに明示されていなかつたことは、被控訴人の主張するとおりである。

(1)  しかし、当時被控訴人には区長として好ましくない行動が多かつたため、区内の住民の中から、区長の改選を求める声が高まり、その結果、右区民大会の開催となつたものであるから、右大会において、区長の改選及び前記の如き内容の規約の制定について、議決がなされるであろうことは、住民周知のことであつた。そこで、右大会の招集をした、発起人においては、被控訴人の名誉も考慮し、書面上はこれを単に「その他」と記載することによつて示すに止めて、敢えて明示することをしなかつたのである。

(2)  また、控訴人の如き社団においては、予め通知されなかつた事項につきなされた決議を目して、一律に無効となすべきものではない。右の如き決議の効力は、招集手続の瑕疵の種類、程度、決議の方法等に照し、その効力を認めることが、社団構成員の有する社団管理の権限を著しく没却することになるかどうかによつて判断さるべきものである。このことは、民法が同法六四条に違背する社員総会の決議の効力について規定していないこと、通知なき事項についてなされた株主総会の決議は、訴により取消し得べきものに止まること、さらに、地方自治法一〇二条五項によれば、地方自治体の臨時会において、急施を要する事件については、長により予め告示がされていなくても直ちに、これを付議することが出来るとされていることに徴しても明らかである。

そうして、右大会が開催されるに至つた経緯が前述のとおりであること、右大会開催の発起人二五名中には、被控訴人が主張するように、従前は区長の選出母体とされていた長谷地区七部落の総代一五名が含まれていること、右総代は全員右大会に出席していること、及び、右大会には構成員たる二一五名の世帯主のうち一三二名(但し、うち五八名は委任状による)が出席したことからすれば、到底前示決議は無効とはいえない。

(三)  さらに、前示昭和三八年七月一日の区民大会以降においては、区長は、その旨を明示した通知のなされた区民大会において選任されている。

従つて、いずれにしても、前示宇野重二郎は、区長であつて、控訴人を代表する資格を有する。」と主張した。

被控訴代理人は、

「一、控訴人がその主張の如き社団であること、及び、別紙目録一〇記載の物件を除くその余がいずれも控訴人の所有であつて、被控訴人がこれらを占有していることは認めるが、右一〇を占有していることは否認する。

二、訴外宇野重二郎は、控訴人を代表する資格を有しない。すなわち、

(一) 控訴人の代表者である区長は、四年毎に、長谷地区の七部落の世帯主が選出した総代によつて選任されるのが慣習であるところ、被控訴人はこれに従い現在まで引続き区長に選任されているものである。

(二) 訴外宇野沢由之及び宇野重二郎が控訴人主張のように、区長に選任されたことは否認する。仮りに、控訴人主張のように選任されたとしても、その選任の方法が右慣習に反するから、右は効力を有しない。

(三) また、仮りに、控訴人主張のように、昭和三六年七月一日区民大会が開催され、右大会において、区長の解任・選任及び規約の制定が議決されたとしても、右決議はいずれも無効である。

(1)  右二つの議決事項は、右大会の目的たる事項として予め通知されていなかつたから、右大会は、これらについて議決し得る限りではなく、従つて、右決議は無効である。

(2)  右の各決議は、いずれも前記慣習を改めるものであるから、その議決をするについては、当然控訴人の構成員である長谷地区の住民に十分周知方が図られるべきところ、前叙のようにこれがなされていないこと、右大会は本来区長等改選のときではない時期に開催され、しかも、これまで区長の改選にあたりその旨を明示しなかつた例はないこと、及び、右大会に委任状を提出した五八名は右決議についても委任しているとは認められないので結局右の決議は大会への出席者七五名だけでなされたことに帰するが、右は当時の長谷地区の公職選挙の有権者総数一二八五名の一割にも満たないことから考えると、前記決議は、その手続に社団構成員の社団管理の権限をないがしろにする重大な瑕疵があるものというべきであるから、その効力の有無を、控訴人の主張するところに従い判断するとしても、なお、無効たるを免れない。

従つて、前示宇野重二郎は、適法に控訴人を代表する資格を有しない。

なお、昭和三六年七月一日当時の総代は一一名であり、そのいずれも前示大会に出席していない。」

と述べた。

立証<省略>

理由

一、控訴人が、その主張の如き権利能力なき社団であることは当事者間に争がない。よつて、まず、これが代表資格について判断する。

二、控訴人代表者の尋問の結果(差戻後の原審第一回)により真正に成立したと認める甲第二一号証、証人宇野鉄三郎、同大木善夫、同塚本定吉、同宇野忠丙、同石毛正雄、同片山卯一、同伊藤平一(いずれも差戻前の原審)、同宇野沢由之(差戻前及び差戻後の原審ならびに当審)、同宇野清市、同宇野謙治(いずれも当審)、の各証言ならびに控訴人代表者(差戻前及び差戻後の原審第二回)及び被控訴人(差戻前の原審及び当審)の各尋問の結果(但し、以上のうち、後記措信しない部分を除く)を綜合すると、控訴人長谷区を代表するものとして区長が置かれ、区長は八日市場市との行政上の連絡等に当る一方、区内の道路、用排水路、共有地等の維持管理の衝に当ることを主な職務とすること、区長は任期を四年とし、十数名の総代(その数は時によつて異なる)によつて選任され、また、総代は、区内の七つの部落の世帯主によつて選任されるのを原則としたこと、及び、総代は各部落を代表するものと観念されていることが認められる。前示証人宇野鉄三郎、同大木善夫、同塚本定吉、同宇野沢由之、同宇野清市の各証言及び控訴人代表者の本人尋問の結果のうち、右認定に反する部分は措信せず、他にこれに反する証拠はない。

三、つぎに、前顕甲二一号証、いずれも成立に争のない甲第六ないし第九号証、証人宇野沢由之の証言(差戻前及び差戻後の原審ならびに当審)によつて、いずれも真正に成立したと認める甲第三ないし第五号証、甲第二八号証、証人宇野鉄三郎の証言(当審)及び控訴人代表者の尋問の結果(差戻後の原審第二回及び当審)によつていずれも真正に成立したと認める甲第二四、第二五号証、証人宇野鉄三郎の証言(当審)により真正に成立したと認める甲第二九号証、証人宇野清市の証言(当審)によつて真正に成立したと認める甲第三二号証に、証人宇野鉄三郎(差戻前の原審及び当審)、同大木善夫、同塚本定吉(いずれも差戻前の原審)、同宇野沢由之(差戻前及び差戻後の原審ならびに当審)、同宇野清市、同宇野武、同宇野謙治(いずれも当審)の各証言、控訴人代表者(差戻後の原審第一、二回及び当審)及び被控訴人(差戻前の原審及び当審)の各尋問の結果(但し、証人宇野謙治の証言及び被控訴人本人尋問の結果のうち後記措信しない部分を除く)、ならびに、弁論の全趣旨を綜合すると、次のとおり認められる。

(1)  控訴人区における総代及び区長の選任ならびに区長の任期の定めは、必ずしも右に認定したような原則どおりにはなされていなかつたこと、

(2)  被控訴人は昭和二一年頃から区長であつたが、同人が区内の共有地や立木の処分について不正を行なつたとされ、また、区内の道路や用水等の管理にも遺憾の点があり、とかく独断専行のきらいありとの理由で、昭和三六年初頃から同人の解任を求める機運が抬頭するとともに控訴人区の運営管理を一部の者にだけ委せることなく、区民の総意を反映して行なうべきであるという意見が区の住民の中に次第に多くなつて来たこと、

(3)  その頃被控訴人に対し二、三の者から辞職を勧告する試みもなされたが、その聴き入れるところとならなかつたこともあつて、同年六月下旬頃、区内の七部落の総代一五名に有志を加えた二五名が発起人となつて、前記の問題について討議し、解決を図るため、区内の世帯主による区民大会の開催が企図されたこと、

(4)  同年六月二六日、右発起人は、同年七月一日に右大会を開催する旨の通知(甲第二号証)を作成し、これを区内の各世帯に配布したこと、右通知には議題として、「1、長谷関並びに用排水路改修について、2、農道、市道の改修について、3、その他」と記載されるに止まつたが、大会において区長選任に関する従前の方法を改めたうえ区長の改選もあるべきことは、右配布にあたり説明がなされ、そのあとで欠席者については委任状(甲第二九号証参照)が徴せられたこと、

(5)  同年七月一日午後一時頃から、区内の如来寺において区民大会が開催されたが、出席者は前示総代一五名を含めて七五名で、その他委任状によるものが五七名であつたこと、大会の議事は前示議題の順序で進められたが、前記2の議題に進んだ際、右1、2の問題を根本的に解決するためには、この際区長をはじめ総代を改選することが先決であるとの意見が大勢を占め、これについて討議を経たうえ、被控訴人を解任し、訴外宇野沢由之を区長に選任すること、区長の任期を二年とし、区民大会において選任すること、従前の総代にかわるものとして各部落において協議のうえ選出する区会議員を設けること等を骨子とする長谷区区会規約を制定すること、及び、右区会議員として塚本定吉外一四名を選任すること等が議決されたこと、なお、当時の世帯主は二一五名であつたこと。

右のとおり認めることができ、証人宇野忠丙、同石毛正雄、同片山卯一、同伊藤平一 (いずれも差戻前の原審)、同宇野謙治(当審)の各証言及び被控訴人の本人尋問の結果(差戻前の原審及び当審)のうち右認定に反する部分は措信しない。なお、証人宇野謙治の証言及び被控訴人の本人尋問の結果(いずれも当審)により、いずれも真正に成立したと認める乙第一五ないし第三八号証を以ては、未だ右認定を左右するに足らず(乙第三八号証については、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める甲第三三号証と対比するときは前記(5) 末段の事実認定の資とするに足りない。)、他にこれに反する証拠はない。

四、惟うに、控訴人の如き権利能力なき社団の組織ないし管理について、特段の法的規制は存しないから、結局構成員の自由な意思により、随時適宜にこれを決し得るものであるところ、控訴人区の区長の選任につき、各世帯主が選んだ総代の選任によるという、いわば間接的な、従前の方法を、前示規約に定められ、かつ、前示区民大会においてとられた、区会の構成員たる各世帯主による直接の選任に改めるということは、それが控訴人区の構成員の意思に基づく限り、これを妨げる理由はないというべきである。そこで、進んで前記区民大会の決議の効力について判断する。

そもそも、控訴人の如き権利能力なき社団については、社団法人についての民法、株式会社についての商法、その他の特殊の法人についての各特別法各所定の如き議決機関ないし意思決定機関に関する組織法的規制は存しないのであるから、前示決議の如く、予め会議の目的として通知されなかつた事項について議決された場合の効力は、社団という組織体の本質に鑑み、結局それを認めることが、構成員の社団管理の権限を著しく無視することに帰するかどうかによつて決すべきものと解するのを相当とする。

これを本件についてみるに、前認定の事実によれば、前記大会が開催されること、右大会において、区長の改選があり、かつ、これに伴いその選任方法も改めらるべきことは、右大会の構成員たる世帯主のみならず、区民全員に知られ、ないしは、知られ得べき事情にあつたものであること、右大会にはその構成員の過半数が出席していること、及び、そのうちには、各部落の住民の意思を代表する者と観念されていた当時の総代全員が含まれていることが明らかであるから、前記決議の効力を認めても、右に述べたような非難をうけることはないものというべきである。

従つて、前記区長の解任・選任及び規約制定の各決議はいずれも有効であると認めるべきである。

五、つぎに、証人宇野鉄三郎の証言(差戻前の原審および当審)によりいずれも真正に成立したと認める甲第一五、第三〇号証、控訴人代表者の尋問の結果(差戻後の原審第一回及び当審)によりいずれも真正に成立したと認める甲第二二号証の一、二、同第二六号証の一ないし四、同第二七号証、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したと認める同第三六号証の一ないし三に証人宇野沢由之(差戻前及び差戻後の原審ならびに当審)、同宇野鉄三郎(当審)の各証言及び控訴人代表者の尋問の結果(差戻前及び差戻後(第一、二回)の原審ならびに当審)を綜合すると、昭和三八年七月一日開催された区民大会において、前記規約に従い、訴外宇野重二郎が区長に選任されたこと、及び、その後昭和四〇年、同四二年においても、それぞれ、右規約に定めるところに従い宇野重二郎が区長に選任され、今日に至つていることを認めることができる。

証人塚本定吉の証言(差戻前の原審)によつて真正に成立したと認める乙第三号証、被控訴人本人尋問の結果(差戻前の原審)により真正に成立したと認める乙第九号証、証人宇野謙治の証言(当審)により真正に成立したと認める乙第一三号証ならびに証人宇野忠丙、同石毛正雄、同片山卯一、同伊藤平一(いずれも差戻前の原審)、同宇野謙治の各証言及び被控訴人の本人尋問の結果(差戻前の原審及び当審)のうちには、昭和三六年七月一日以降も引続き被控訴人が区長であるとの、記載ないし供述が存するが、既に叙上二ないし四認定のとおりである以上、これを以て右認定を覆すに足るものとなすを得ない。また、弁論の全趣旨によりいずれも真正に成立したと認める乙第四、第五号証の各一、二、被控訴人の本人尋問の結果(差戻前及び差戻後(第二回)の原審)によりいずれも真正に成立したと認める乙第七、第八、第一二号証、第一〇号証の一、二、及び、印影が八日市場市長のものであることについて争がないので結局全部真正に成立したと認める乙第一一号証中には、被控訴人が区長である旨の記載が存するが、いずれも成立に争のない甲第一六号証の一、二、乙第一号証、証人宇野鉄三郎の証言(差戻前の原審)により真正に成立したと認める甲第一二号証、控訴人代表者の尋問の結果(差戻前の原審)により真正に成立したと認める甲第一九号証ならびに証人宇野沢由之の証言、控訴人代表者及び被控訴人の各尋問の結果(いずれも当審)によると、右は、八日市場市等においては、本訴が係属していること等から、控訴人の代表者が何人であるかを決し兼ね、当面の措置として一応被控訴人を代表者として遇したものに過ぎないことが推知されるから、八日市場市関係の文書に前記のような記載があるからといつて右認定を左右するには足りない。

六、以上によれば、訴外宇野重二郎は区長として、控訴人を代表する資格を有することが明らかである。従つて、これを否定し、本件訴を不適法として却下した原判決は失当であるから、これを取消すべく、なお、本件は民訴法三八八条により、これを原裁判所に差戻すべきものである。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡部行男 川上泉 大石忠生)

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